松波総合病院 消化器内科部長 伊藤 康文
今回は、当院消化器内科より、早期胃癌の新しい治療法として注目されているESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)についてご紹介させていただきます。
進化する早期胃癌の内視鏡治療「ESD」
1960年代にポリペクトミーが導入され、1980年代にはEMR(endoscopic mucosal resection; 内視鏡的粘膜切除術)が登場し、そして2000年代に入りESD(endoscopic submucosal dissection;)(
図1)が瞬く間に普及しました。消化管内視鏡治療の分野では約20年ごとに画期的な手技の開発と進歩、発展がみられています。早期胃癌に対する胃ESDは2006年4月に保険収載され、「経内視鏡的に高周波切除器を用いて病変の周囲を全周性に切開し、粘膜下層を剥離することにより病変部を含む3cm以上の範囲を一括で切除した場合に算定する」(早期悪性腫瘍粘膜下層剥離術;14,130点)とあります。
図1:ESDの手順
胃ESDのメリット・デメリット
従来のEMRは比較的簡便で安全な手技であり、径1cmまでの小型早期胃癌に対しては、現在でも極めて優れた治療といえます。しかし吸引キャップ併用EMRであっても、スネアを用いるため一度に切除できる標本の大きさはせいぜい約2cm径が限界でした。実際1cmを超えた早期胃癌のEMRでは局所再発が生じ得ることがわかっていました。分割切除になれば遺残再発のリスクが高まります。その点ESDは病変の周囲正常粘膜も含め余裕をもって広く一括切除することが可能です。EMRと比べ「とり残し」の可能性が極めて低く、「完全に治せた」という安心感が持てます。ESDによる内視鏡的な一括切除は、正確な病理組織診断と局所遺残再発防止のための不可欠な要素であり、質の高い医療を提供できます。
しかしその分ESDは手技的に難易度が高く、処置に長時間を要し偶発症の発生頻度も高くなります。たった約7mmの胃壁の内腔側を約3mmの厚さで広範に剥いでいくわけですから、当然出血、穿孔のリスクが伴います。筋層を貫通する太い動脈を止血鉗子でつかみ焼き潰す際には、「胃ESDとは内科医が行う外科手術である」と実感します。ESD後の出血は5~10%程度ありますが、輸血の可能性は1%弱とされています。当科でも術後出血で内視鏡的止血処置を要し、食事開始が数日遅れた方が数名おられますが、輸血を要した例はありません。穿孔は5%弱あるとされています。当科のESD導入初期瘢痕、線維化の強い方で1例穿孔を経験しましたが、外科的な緊急開腹手術で治癒退院されました。現在では穿孔が生じても内視鏡的なクリップ閉鎖縫縮術で殆んど対応が可能といわれています。また術後の誤嚥性肺炎の危険も1%程ありえます。COPDなどがある御高齢の方やESD施行時間が長かった場合には、術前後に抗生剤の点滴を行うことがあります。抗凝固・抗血小板薬内服の方は患者様によくお話をした上で、ESD前後に休薬期間をいただいております。
写真1-1:インジゴカルミン撒布時、胃体中部
大弯に2個の0-IIa病変(粘膜内高分化型腺癌)
また広く切りとれば良いというわけではなく、やみくもに大きく切除すれば術後瘢痕狭窄(特に噴門、幽門部近くの場合)、高度の変形による通過障害などの問題も生じかねません。そういう意味でも、術前の正確な範囲診断、深達度診断が大変重要になります。ハイビジョン対応の高画質な内視鏡検査に、色素撒布(写真1-1)、画像強調や拡大観察などを適宜併用します。また粘膜下層浸潤が疑われる際には超音波内視鏡による深達度診断を行い適応の可否を判断します。
早期胃癌に対するESDの適応
治療の適応としては、「リンパ節転移の可能性が殆んどなく、腫瘍が一括切除できる大きさと部位にあること」(胃癌治療ガイドライン)が大原則となります。EMR時代に決められた絶対適応の具体的条件は「2cm以下の肉眼的粘膜内癌。組織型が分化型。潰瘍のないもの」で今も変わりはありません。ESDの適応拡大病変としては、肉眼的粘膜内癌であり、1)潰瘍のない2cmを越える分化型、2)潰瘍のある3cm以下の分化型、3)2cm以下の潰瘍のない未分化型、とされています。当科では未分化型癌のESD経験はまだありませんが、患者様との間で十分なインフォームド・コンセントをとり施行すべきと考えます。切除標本の病理診断で3cm以下の分化型癌の場合、SM1(粘膜下層浸潤が粘膜筋板から500μm未満)であっても脈管侵襲がなければ、治癒切除と判断されます。
ESDの手順
胃ESDでは止血処置に便利な送水洗浄機能付きスコープを使用します。切開創を開いて術野を確保し、粘膜下層にもぐりこめるよう内視鏡先端に短い透明フードを装着します。識別しやすいようにインジゴカルミン色素を少量混じたグリセオール(全周切開時)やヒアルロン酸(粘膜下層剥離時)を局注し、先端がセラミックチップで絶縁されたITナイフ2(改良型insulation-tipped diathermic knife)(写真2)を主に用いて切除していきます(図1)。切除後は後出血の予防に潰瘍底の血管を止血鉗子でこまめに焼灼凝固します(写真1-2)。処置が困難な部位(噴門、幽門部)や、瘢痕などで線維化が高度の場合を除き、病変切除に要する時間は通常1時間前後で、大きめの場合でも2時間内のことが殆どです。術中は短時間作用のディプリバン持続静注で鎮静を保ちます。患者様は無意識下のうちにESDが終了し、術中の記憶は全くありません。術後覚醒も良好で、ベッドに帰室される頃には普通に会話も可能です。
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写真1-2:ESDで2病変ともに一括切除した直後の潰瘍
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写真1-3:ESD8週後、同部の潰瘍瘢痕(後壁よりに黄色腫)
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写真2:ESD治療に用いられるITナイフ2
術当日膀胱内バルーンカテーテルを留置し、術後から翌朝まで絶飲食でベッド上安静としていただきます。ESD翌日採血と内視鏡観察を行い顕性出血がなければ、当日夕から食事を開始していきます(重湯から粥食へ3食ごとにアップ)。切除後数日間は心窩部鈍重感や軽度嘔気を訴える方があり、また出血予防目的もありPPI製剤を使用します。切除後の人工潰瘍は面積、部位にかかわらず約8週で治癒します(写真1-3)。当科の入院期間は、ESD前日午後入院していただき、順調であれば10日前後です。
術後のフォロー
13カ月、6カ月、1年後に内視鏡観察を行い、その後は1年ごとに予定します。適応拡大治癒切除の場合は、定期的に腹部CTやエコーも併用していきます。またピロリ菌が陽性であることを確認の後、たとえご高齢でも除菌治療を全例に行っています。除菌に成功することで将来の異所性胃癌再発の危険が約3分の1に減るからです。
現在では早期胃癌に対するESD手技は、小型の病変を簡便に切除するEMRと、リンパ節転移の可能性がある早期胃癌を切除する外科的腹腔鏡下手術の中間を埋める術式として確立していると言えます。あくまでも局所治療であり、転移巣には無効です。外科手術に比して医療費の節減効果もさることながら、何よりESDは「胃が残る」という大きなメリットがあります。術後のQOLを考えた場合、侵襲の少ない患者様に優しい医療と言えるでしょう。
おわりに
社会医療法人 蘇西厚生会 松波総合病院 内視鏡室
〒501-6062 岐阜県羽島郡笠松町田代185-1
TEL:058-388-0111(代)
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